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神戸地方裁判所 昭和30年(ヨ)377号 判決

申請人 岩本三郎

被申請人 紡機製造株式会社

主文

債務者が昭和三〇年八月一〇日付をもつて債権者に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

債務者は債権者に対し金一七三、四〇〇円及び昭和三一年七月一日から本案判決確定に至るまで一カ月各金一〇、二〇〇円をその月の二五日に支払え。

訴訟費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者代理人は、昭和三〇年二月一日以降一カ月各金一七、〇〇〇円の支払を求めるほか主文第一、二項と同趣旨の判決を求め、申請の理由として次のとおり述べた。

「一、債権者は昭和二三年債務者会社(以下会社という)に雇われて従業員となつたものであるが、会社は経営状態の悪化を防止するため人員整理を行う必要があるとして同三〇年八月一〇日付で債権者を含む一六名に対し解雇の意思表示を発し右の意思表示は同月一六日債権者に到達した。

二、しかしながら本件解雇の意思表示は無効である。

すなわちこれよりさき会社は昭和二九年八月一三日債権者を解雇する旨の意思表示をなし会社は右解雇について口実を設けていたが真実は債権者が日本共産党員であることを嫌つた違法な解雇であつたので、これに対し債権者は当裁判所に対し解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を申請し同年一一月五日その旨の仮処分判決(同年(ヨ)第四七七号)がありここに会社の不法な意思が明らかとなり一応その企図がはばまれたのであるが、会社はそれに対し控訴し現に係争中である。ところが会社は同年一二月二八日付で再び債権者を解雇する旨の意思表示をなしそれは債権者が会社ないし経営者を誹謗した文書を配付したことを口実に懲戒解雇するというのであつた。しかし会社はこれもまた債権者が単に共産党員であるということだけを理由とするもので無効のものであることを自ら知つているのでここに三度本件解雇の意思表示をしてきたものである。そしてこの度の解雇は会社は一応整理基準を設け債権者を含む一六名に対し整理を実施したのであるが、債権者については何等その基準に該当しないのにあえて解雇に出たものでありこれは前同様債権者が共産党員であることを嫌い人員整理に名をかり債権者を排除しようとする意思でなされたものにほかならない。このことは前記解雇の経緯から明瞭である。従つて右解雇の意思表示は信条による差別的取扱であつて労働基準法第三条により無効である。

仮にそうでないとしても本件解雇は何の理由もないのに短期間のうちに前の解雇に引続きなされた解雇で解雇権の乱用にわたるから無効である。

三、そうであるから債権者は依然として会社の従業員の地位にあるのにかかわらず会社は解雇を有効のものとして債権者を従業員として取扱わず又同二九年一二月二八日付解雇の後である同三〇年一月一日以降の賃金の支払をしない。債権者の平均賃金は月額一八、九三〇円であり手取額金一七、〇〇〇円を毎月二五日支給を受けていたのであつたが、現下の経済状態の下においてこのような取扱を受けては最低限度の生活を維持することも困難で本案判決の確定をまつていては回復することのできない損害を受けるおそれがある。

そこで本件解雇の意思表示を停止しかつ昭和三〇年二月一日以降の賃金の仮の支払を命ずる仮処分命令を求めるため本件申請に及んだ、なお、賃金は会社が予告手当として一カ月分を供託したのを受取つたのでこれを同三〇年一月分に当て本件においては同年二月一日以後の分の支払を求めるものである。」

債務者の主張に対し次のように述べた。

「債権者は乙第一、八、九号証、第一六号証の一、二、第一七、一八号証の各文書を会社従業員に配付したことはあるけれども、これ等の文書は働く者の立場のあり方日本経済の現状打開の途等を説いているにとどまり会社ないし経営者を非難誹謗し従業員の生産への非協力を示唆煽動する目的を持つものでないことは一読して明らかである。従つてこれ等の文書を配付したからといつて会社の業務に対する協力性が乏しいなどというに当らない。」

債務者代理人は、「本件仮処分の申請を却下する」との判決を求め次の通り述べた。

「一、債権者主張事実のうち、債権者は昭和二三年会社に雇われ従業員となつたが同二九年八月一三日解雇され債権者主張のように仮処分判決があつたけれども同事件は現在控訴審において係争中であること、会社が同三〇年八月一〇日付で人員整理の必要上債権者を解雇する旨の意思表示をしたこと、会社が債権者に対し同三〇年二月一日以降の賃金を支払わないことはこれを認める。

二、債務者は債権者に対し本件解雇の意思表示を発し右の意思表示は同月一三日債権者に到達し同日より一カ月の経過とともにその効力を発したが、その解雇の理由とするところは左のとおりである。

(一)  会社は昭和三〇年に入り一般経済界のデフレの影響を受け更に政府予算の編成遅延等のため経営悪化し、その対策として希望退職者募集等による人員減少、会社機構の合理化刷新による従業員の配置転換等を実施したが、職員の希望退職者は僅か一人のみでこれが処置について債権者の所属する紡機製造株式会社職員組合(以下組合という)と協議した結果人員整理はこれを避け二月一〇日から三カ月間減給一割を実施した。そして右減給措置は五月一〇日をもつてひとまず終つたが会社の経営状態は依然として向上せず減給措置の延長を組合に申入れたところ組合はこれを拒否し、数次の交渉を重ねた末組合は人員整理のやむないことを認めるに至り、その人員と指名とを会社に一任した。

(二)  会社は右人員整理を実施するに当り、(1)、退職希望者又は近く退職を予想される者(停年休職期間満了に間近い者等)、(2)、一時的雇傭関係者、(3)、不良従業員と認められる者等、(イ)能率者(ロ)出勤不良者(ハ)業務に対する協力性乏しい者(ニ)素行不良の者(4)、必要不可でない者、という整理基準を定め、全従業員について公平を期して慎重に検討した。

(三)  かくて債権者については、債権者は昭和二七年二月日本共産党に入党したがそのことを秘して隠密裡に党活動に専念しその所属する組合の組合活動としてではなく党細胞の活動として同二七年中から同二九年八月一三日の第一次の解雇の頃に至るまで前後数十回にわたり事実を曲げて会社ないし経営者を非難誹謗する文書(乙第一号証ないし第一八号証はその一部である)を職場に持込んで会社従業員に配付し生産への非協力を示唆煽動し生産意欲の減退をはかり能率を低下させて会社業務の正常な運営を妨げ、又同二九年八月一二日任意退職の勧告を受けた際翌一三日会社の許可を得ないで工員を集めて演説をなして多数工員の就業時間を空費させて作業に支障を与えたもので、以上の事実は前記整理基準のうち会社の業務に対する協力性乏しい者に該当し、又債権者は出勤状況不良でかつ会社にとつて必要不可欠でない者であつてこれ等もまた整理基準に該当する。

従つて債権者を他の被解雇者一二名休職者三名と共に整理対象者として会社が指名したことは当然であり本件解雇は正当である。そしてこの結論は組合においても全面的に了承したものである。

要するに本件解雇は企業経営上やむをえない人員整理による解雇であつて、債権者の信条を理由として解雇したものではない。

而して右のように本件解雇が有効である以上債権者はすでに賃金支払請求権を喪失している。

三、本件仮処分は必要性がない。

現に控訴審において係争中の前記第一次解雇が有効と判定されてさきの仮処分判決が取消されるならば、たとえ本件仮処分命令が発せられたとしても結局無意義に帰するから本件仮処分はその必要性を欠くといわねばならない。又賃金の支払を求める点は債権者は現に少しも生活に困窮しておらずその支払を求める必要性は全くない。仮にその必要性があるとしても労働基準法第二六条に照し平均賃金の六割の範囲内において必要性を備えているに過ぎない。

右のように債権者の本件仮処分命令の申請は理由がない。」(疎明省略)

理由

一、債権者は昭和二三年債務者会社に雇われて従業員となつた者であるが、会社は債権者に対し同三〇年八月一〇日付で人員整理の必要があるとして解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

二、債権者は右解雇の意思表示は信条による差別的取扱で無効であると主張し債務者は人員整理のため整理基準を定め公平に判断した上解雇したもので信条による差別的取扱でないと主張するのでこの点について判断する。

証人藤原好一同富田保次郎の各証言によつて真正に成立したと認められる乙第二二、第二三号証に同各証言を綜合すれば、会社は昭和三〇年一月頃に至り経営に支障を生じこれを打開するためには企業の合理化を図る必要が生じたが、その一方策として従業員中における工員の数に比べて職員の数が多すぎる点からして約一五名の職員の人員整理をするのやむなきに至つたこと、同年七月債権者の属する紡機製造株式会社職員組合においてもそれを認めたがその対象人員は約一五名とする旨の暗黙の了解があつたことを認めることができる。而して成立に争のない乙第一九号証に証人富田保次郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、就業規則第四一条第一項第二号に解雇の一場合として「止むを得ない業務上の都合によるとき」と規定するが、右人員整理を実施するに際しておおよそ従業員の勤務成績の良否、作業能力の優劣、退職希望の有無解雇後の生活の難易等の事柄を基準として決定したことが認められ(債務者主張のようなやや明確な基準を設けたことを認めるに足る疏明はない)、債権者については(一)債権者が文書を配付した事実(二)昭和二九年八月一二日会社の許可を得ないで工員を集めた事実(三)出勤不良な事実があり、勤務成績不良として解雇に当るものとされたことをうかがうことができる。

以下右事実の存否その程度の点について判断する。

(一)、乙第一、第八、第九号証、第一六号証の一、二、第一七、第一八号証の各文書を債権者が会社従業員に配付した事実は当事者間に争がなく、債権者本人の筆跡であることに争のない乙第二五号証に証人富田保次郎の証言によつて真正に成立したと認められる乙第二〇号証に同証言によると、債権者は乙第二、第三、第五、第七、第八、第九号証、第四、第六号証の各一、二の各文書の作成に関与したこと及びこれ等文書が会社従業員に配付されたことが認められるからこのような文書の作成に関与した以上その配付を目的としたものとみるべきで他に証拠のない事件では債権者はこれ等すべての文書の配付の責を免れることはできない。そしてその配付の時期が昭和二七年から同二九年八月にわたつていたことは明らかである。

そこでまず右の文書の内容についてみるに、或は一般に、帝国主義的勢力の支配に服する吉田内閣の下における産業機構の奴隷化軍需工場化を論難しそれによつて惹起される低賃金労働強化更には解雇という労働者の犠牲に対し団結して戦うべきことを強調し経営者もまた自らの利益のためにもかかる奴隷化から脱却してその経営方針を転換すべきことを説き、或は又直接具体的に軍需工場化に同調する債務者会社の経営の方針態度を非難攻撃しその即時廃止を要望する文言が存在する。

而して言論はもとより自由であるけれども労働者が自己の意思決定に基いて労働契約に入つた以上右の自由も従業員として相当と認められる限度において制限を受けるものと解せられるところ、前記文言のうち直接具体的に債務者会社の経営の方針態度を非難攻撃した部分は、かかる文書の配付があつたからといつてその文言自体からみて経営者に何等かの危害を及ぼし他方労働者に動揺を与えて生産力の低下をもたらすものとも考えられず、又債務者主張のように配付の場所が事業所内であるとの証拠もなく、その配付の時期は後記第一次解雇の直後に出たものが多い点よりみればその動機においてくむべきものがないことはないけれども、文言の内容において右のように会社の経営方針態度等を非難した部分がありその措辞に穏当を欠くものがある以上、このような文言を従業員に配付する行為は多少とも会社の秩序を乱すものと解される。従つてこの意味において右文書を配付する行為は勤務成績の判定に不利益な認定を受けてもやむをえないといわねばならない。

(二)、成立に争のない乙第二七、第二八号証によれば、債権者は昭和二九年八月一二日任意退職の勧告を受けたが翌一三日会社の許可を受けないで工員を集めて職場内の政治活動の正当性吉田内閣の打倒経営者の弱体と不当について演説し債権者に対する退職勧告についての決意を述べたことが認められる。そうであるとするとそれが任意退職の勧告後であり動機において諒とすべきものがあつたとしても一応は会社の秩序を乱したものといわねばならない。

(三)、成立に争のない乙第二六号証によると、債権者は昭和二八年八月ないし同二九年七月の間欠勤遅刻の回数が多少多かつたことが認められ同号証によると同二九年二月以降は漸次減少していたことが認められるもののこの点勤務成績は十分であつたということはできない。

三、それでは会社が本件解雇をしたのは人員整理の意思のみを以てしたものであろうか。進んで債権者が主張する信条による差別的取扱であるか否かについて判断する。

(一)、債権者が日本共産党員であること、会社は昭和二九年八月一三日債権者を解雇する旨の意思表示をなしこれに対し債権者は右解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を申請し同年一一月五日その旨の判決(当庁同年(ヨ)第四七八号)を得たが会社はこれに対し控訴し同事件は現在控訴審において係争中であることは当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第八号証(右仮処分申請事件についての第一審判決)によると、右解雇は会社において債権者の種々の行動を問責してそれは実質上懲戒解雇に値するが特に債権者の将来に対する影響をおもんばかり就業規則所定の通常の解雇の規定によつて解雇したというのであるが、第一審判決においては、結局右解雇は債権者が共産主義者であるために解雇したもので信条による差別的取扱である旨の認定を受けたことは明らかなところであり、その記載自体よりみればその認定について特に異論をみない。そうであるとすると他に証拠のない本件では右の解雇は右認定のように信条による差別的取扱に出たものと認めるほかはない。

(二)、成立に争のない甲第七号証に証人富田保次郎の証言によると、会社は前記第一次の解雇後債権者が第一次の解雇処分を受ける以前に会社ないし経営者を誹謗する文書を会社従業員に配付していたことが判明し同事実は就業規則に定める懲戒解雇の事由に当るとして同年一二月二八日債権者を懲戒解雇する意思を表示したことが認められる。而して本件口頭弁論において債務者は右の解雇をしたことはない旨申し述べその存在を主張し維持する態度を持つていないことがうかがわれるけれども、当時右の解雇の意思表示をしたことは否定しえず、弁論の全趣旨によれば右文書の配付とは本件解雇においてその資料とされたとするのと同一の文書の配付行為を指称するものであることは明らかである。

そして本件解雇に至つたものであるがこれ等時期的に接着する一連の事実よりすれば会社は当時債権者が共産主義者であることを嫌い債権者を排除しようとして積極的な意図を持つていたものとみるほかはない。

成程従業員を解雇することは本来使用者の自由に属し如何なる整理基準を設け種々の要件をどのように考慮するかについては相当の裁量権を持つているが、右一連の事実に対比してみるとき、会社が本件解雇の理由とするところは前段認定のとおりでありその程度は軽微でありかつ第一次解雇の発表に誘発されたとみざるをえないものもあるから、特にこれをとりあげて解雇の理由とするためには他の非解雇者と比べて債権者の行為を特に重視して人員整理の該当者として解雇するのが相当と認められるような特別の事情のない限り使用者として通常解雇の理由とするものとは首肯するわけにいかない。ところでそのような特別の事情を認めるに足る証拠のない本件においては会社が債権者を解雇したのは人員整理に名をかりているけれども真実は債権者が共産主義者であることを理由とするものであるとみるのが相当である。そうであるから本件解雇は信条による差別的取扱で労働基準法第三条に反し無効であるといわねばならない。

四、わが国現下の社会経済状態の下にあつて債権者が就労を拒否されて従来の収入源である賃金の支給を絶たれては生活の途を失い本案判決の確定をまつては回復することのできない損害を被るおそれがあることは特に反対の証拠のない以上一応これを認めるのが相当である。

債務者は現に控訴審に係争中の第一次解雇についての仮処分申請事件においてその解雇が有効と判定され原判決が取消されるならば本件仮処分においてたとえ債権者に有利な判決がなされても結局無意義に帰するからこの点からして本件仮処分はその必要性がない旨主張するが、さきの仮処分判決の趣旨とするところは第一次解雇の意思表示の停止のみであり本件仮処分のそれは本件の解雇の意思表示の効力の停止と雇傭契約の存続を前提として賃金の支払を求めるもので、両者はその目的を異にし法律上直接関連を持つものでないからその論旨を採ることはできない。

而して前記認定のように債権者は会社と雇傭契約を結び従業員となつたが、債務者において債権者の賃金支払請求権を争う理由として本件の解雇を主張するけれどもそれが一応無効と認められる以上債権者は賃金支払請求権を有することは明らかである。そして昭和三〇年二月一日以降の賃金の支払がないことは当事者間に争がなく、債権者が手取平均賃金月額金一七、〇〇〇円をその月の二五日に支給されていたことは債務者において明らかに争わずこれを自白したものとみなされるから、本件解雇の意思表示の効力を停止するとともに、労働基準法第二六条に所謂休業手当の場合において労働者の最低生活の保障として賃金の六割を基準として定める趣旨を参照してその範囲内において仮に賃金の支払を求める必要があると考えるのが相当であるので昭和三〇年二月一日から同三一年六月三〇日まで従前の手取平均賃金の六割に相当する一ケ月金一〇、二〇〇円の割合による賃金合計金一七三、四〇〇円と同年七月一日から本案判決の確定まで同額の割合による賃金をその所定日である毎月二五日限り支払うべき旨の仮処分を命ずることとする。

訴訟費用は全部債務者に負担させるのを相当と認めて主文のとおり判決する。

(裁判官 中村友一 吉井参也 三好徳郎)

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